マッチ売りの少女
The Little Match Girl
ハンス・クリスチャン・
アンデルセン作
結城浩訳
http://www.hyuki.com/
trans/match.html
ひどく寒い日でした。
雪も降っており、
すっかり暗くなり、
もう夜 ――
今年さいごの夜でした。
この寒さと暗闇の中、
一人のあわれな少女が
道を歩いておりました。
頭に何もかぶらず、
足に何もはいていません。
家を出るときには
靴をはいていました。
ええ、
確かにはいていたんです。
でも、靴は
何の役にも立ちませんでした。
それはとても大きな靴で、
これまで少女のお母さんが
はいていたものでした。
たいそう大きい靴でした。
かわいそうに、
道を大急ぎで渡ったとき、
少女はその靴を
なくしてしまいました。
二台の馬車が猛スピードで
走ってきたからです。
片方の靴はどこにも
見つかりませんでした。
もう片方は浮浪児が見つけ、
走ってそれを
持っていってしまいました。
その浮浪児は、いつか
自分に子どもができたら
ゆりかごにできると
思ったのです。
それで少女は
小さな裸の足で
歩いていきました。
両足は
冷たさのためとても赤く、
また青くなっておりました。
少女は古いエプロンの中に
たくさんのマッチを入れ、
手に一たば持っていました。
日がな一日、
誰も少女から
何も買いませんでした。
わずか一円だって少女に
あげる者はおりませんでした。
寒さと空腹で震えながら、
少女は歩き回りました
―― まさに悲惨を
絵に描いたようです。
かわいそうな子!
ひらひらと舞い降りる雪が
少女の長くて金色の髪を
覆いました。
その髪は首のまわりに美しく
カールして下がっています。
でも、もちろん、
少女はそんなことなんか
考えていません。
どの窓からも
蝋燭の輝きが広がり、
鵞鳥を焼いている
おいしそうな香りがしました。
ご存知のように、
今日は大みそかです。
そうです、少女は
そのことを考えていたのです。
二つの家が
街の一角をなしていました。
そのうち片方が
前にせり出しています。
少女はそこに座って
小さくなりました。
引き寄せた
少女の小さな足は体に
ぴったりくっつきましたが、
少女は
どんどん寒くなってきました。
けれど、家に帰るなんて
冒険はできません。
マッチは
まったく売れていないし、
たったの一円も
持って帰れないからです。
このまま帰ったら、
きっとお父さんに
ぶたれてしまいます。
それに家だって寒いんです。
大きなひび割れだけは、
わらとぼろ切れで
ふさいでいますが、
上にあるものは
風が音をたてて吹き込む
天井だけなのですから。
少女の小さな両手は
冷たさのために
もうかじかんでおりました。
ああ!たばの中から
マッチを取り出して、
壁にこすり付けて、
指をあたためれば、それが
たった一本のマッチでも、
少女は
ほっとできるでしょう。
少女は一本取り出しました。
≪シュッ!≫
何という輝きでしょう。
何とよく燃えることでしょう。
温かく、輝く炎で、
上に手をかざすと
まるで蝋燭のようでした。
すばらしい光です。
小さな少女には、
まるで大きな鉄の
ストーブの前に
実際に座っているようでした。
そのストーブには
ぴかぴかした真鍮の足があり、
てっぺんには
真鍮の飾りがついていました。
その炎は、
まわりに祝福を与えるように
燃えました。
いっぱいの喜びで
満たすように、
炎はまわりをあたためます。
少女は足ものばして、
あたたまろうとします。
しかし、
―― 小さな炎は消え、
ストーブも消えうせました。
残ったのは、
手の中の燃え尽きた
マッチだけでした。
少女はもう一本
壁にこすりました。
マッチは明るく燃え、
その明かりが
壁にあたったところは
ヴェールのように透け、
部屋の中が見えました。
テーブルの上には
雪のように白い
テーブルクロスが広げられ、
その上には
豪華な磁器が揃えてあり、
焼かれた鵞鳥は
おいしそうな湯気を上げ、
その中には
リンゴと乾しプラムが
詰められていました。
さらに驚いたことには、
鵞鳥は皿の上から
ぴょんと飛び降りて、
胸にナイフとフォークを
刺したまま床の上を
よろよろと歩いて、
あわれな少女のところまで
やってきたのです。
ちょうどそのとき
――マッチが消え、
厚く、冷たく、じめじめした
壁だけが残りました。
少女はもう一本
マッチをともしました。
すると、少女は
最高に大きな
クリスマスツリーの下に
座っていました。
そのツリーは、
金持ち商人の家の
ガラス戸を通して
見たことのあるものよりも
ずっと大きく、
もっとたくさん
飾り付けがしてありました。
何千もの光が
緑の枝の上で燃え、
店のショーウインドウの中で
見たことがあるような
楽しい色合いの絵が
少女を見おろしています。
少女は
両手をそちらへのばして
――そのとき、
マッチが消えました。
クリスマスツリーの光は
高く高く上っていき、
もう天国の
星々のように見えました。
そのうちの一つが流れ落ち、
長い炎の尾となりました。
「いま、
誰かが亡くなったんだわ!」
と少女は言いました。
というのは、
おばあさん――
少女を愛したことのある
たった一人の人、
いまはもう亡き
おばあさん――が
こんなことを言ったからです。
星が一つ、流れ落ちるとき、
魂が一つ、神さまのところへと
引き上げられるのよ、と。
マッチをもう一本、
壁でこすりました。
すると再び明るくなり、
その光輝の中に
おばあさんが立っていました。
とても明るく光を放ち、
とても柔和で、
愛にあふれた
表情をしていました。
「おばあちゃん!」と
小さな子は
大きな声をあげました。
「お願い、
わたしを連れてって!
マッチが燃えつきたら、
おばあちゃんも行ってしまう。
あったかいストーブみたいに、
おいしそうな鵞鳥みたいに、
それから、あの大きな
クリスマスツリーみたいに、
おばあちゃんも
消えてしまう!」
少女は急いで、
一たばのマッチを
ありったけ壁に
こすりつけました。
おばあさんに、
しっかりそばに
いてほしかったからです。
マッチのたばは
とてもまばゆい光を放ち、
昼の光よりも明るいほどです。
このときほど
おばあさんが美しく、大きく
見えたことはありません。
おばあさんは、少女を
その腕の中に抱きました。
二人は、
輝く光と喜びに包まれて、
高く、とても高く飛び、
やがて、もはや寒くもなく、
空腹もなく、
心配もないところへ――
神さまのみもとにいたのです。
けれど、あの街角には、
夜明けの冷え込むころ、
かわいそうな少女が
座っていました。
薔薇のように頬を赤くし、
口もとには微笑みを浮かべ、
壁にもたれて――
古い一年の最後の夜に
凍え死んでいたのです。
その子は売り物のマッチを
たくさん持ち、
体を硬直させて
そこに座っておりました。
マッチのうちの
一たばは燃えつきていました。
「あったかくしようと
思ったんだなあ」
と人々は言いました。
少女がどんなに美しいものを
見たのかを考える人は、
誰一人いませんでした。
少女が、
新しい年の喜びに満ち、
おばあさんといっしょに
すばらしいところへ
入っていったと想像する人は、
誰一人いなかったのです。
<版権表示>
Copyright (C) 1999
Hiroshi Yuki (結城 浩)
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